映画『千年の愉楽』を鑑賞した時の感想です。

『青春の殺人者』や『軽蔑』など映画化された作品も多い原作者の中上健次は紀州サーガと称されるように故郷である和歌山県を好んで舞台としているが、本作もその一編です。

ただし、映画化にあたっては前述のように三重県・尾鷲市に舞台が変更されています。

また劇中、路地という言葉がしばしば登場するが、これは文字通りの路地という意味ではなく「部落」を意味するもので、差別的表現を回避する言い回しとして中上氏が自作に多用しています。

しかし差別を描くことが本作の目的ではなく、地方特有の土着的な人間の生の営みを描こうとすると、この問題は避けて通れないからに過ぎない。そのような社会的な問題提起を暗に匂わせるのも、若松監督のひとつの芸風なのです。

現在の老リュウノオバが過去を回想するという形式で物語は展開するが、イザナミノミコトの墓陵と言われている洞窟がしばしば引用されていることから、物語を牽引しているのは男たちだが、映画のテーマとしては人間の母性そのものを描いている印象が強いです。

産婆という存在は、言わば母性の代行であるし、リュウノオバの背後にはイザナミノミコトの存在をも伺わせ、神話的視点から俯瞰した物語であるとも言えます。